医師法17条③

前回につづき,医師法17条の医業の意義についてのブログです。
前回紹介した高等裁判所の判決では,医師法17条の医業の意義について,以下のように判示しています。
(1)医師法17条は,「医師でなければ,医業をなしてはならない。」と規定し,これに違反した者は処罰される。本条は,医師でない者の医業を禁止したものであり,その結果,医師は医業を独占して行うことができることとなる。
ここでいう医業の概念について,医師法は全く規定しておらず,その理由としては,医業の具体的内容が,医学の進歩に伴い変化するものであるから,定義的規定を置くことが困難であり,また妥当でないということが指摘されている。そうすると,「医業とは,医行為を業として行うことである」とした上で,医師法の立法目的等により,医業の内容や限界を見極めながら,医行為を合理的に解釈するのが相当である。
医師法17条の医業の内容である医行為の意義について,「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」という要件,言い換えれば,「医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」という要件(以下「保健衛生上の危険性要件」ということがある。)が必要であることは,検察官と弁護人との間で解釈の相違はなく,原判決も同様に考えており,当裁判所にも異論のないところである。
争いがあるのは,上記要件のほか,上記行為の前提ないし枠組みとして,「医療及び保健指導に属する行為」,すなわち弁護人の主張する「医療関連性」という要件が別途,必要であるか否かである。
この点,従来の学説は,医行為を広義と狭義の2つに分け,広義の医行為とは,医療目的(医師法1条に定められた医師の職分からすれば,「医療及び保健指導の目的」とするのが正確である。)の下に行われる行為で,その目的に副うと認められるものとした上,疾病の治療・予防,出産の際の処置,あん摩,マッサージ,はり,きゅうなど医療目的に適う行為がここに含まれることになり,医師は当然にこれらの行為を業として行うことが認められるが,医師以外にも特定の行為についてその資格を有する者が行うことを認めるものも含まれると解し,他方,医師法17条により医師以外の者が業として行うことが禁じられる狭義の医行為とは,広義の医行為の中で,医師が医学的知識と技能を用いて行うのでなければ人体に危険を生ずるおそれのある行為であり,診療行為に限らず,輸血用の血液の採取,予防接種など医師が行うのでなければ,危険を生ずるおそれのある行為が含まれると解していた。弁護人の主張する医療関連性の要件は,結局,従来の学説が狭義の医行為について「広義の医行為の中で」という枠組みを設定していたのと同趣旨に帰着すると理解される。これに対し,検察官や原判決は,その後の学説が明示している定義や厚生労働省による行政解釈と同様,医業の内容である医行為は,保健衛生上の危険性要件があれば足り,「広義の医行為の中で」という枠組み,言い換えれば,医療関連性という要件は不要であると解しているのである。
当裁判所は,医業の内容である医行為については,保健衛生上の危険性要件のみならず,当該行為の前提ないし枠組みとなる要件として,弁護人が主張するように,医療及び保健指導に属する行為であること(医療関連性があること),従来の学説にならった言い方をすれば,医療及び保健指導の目的の下に行われる行為で,その目的に副うと認められるものであることが必要であると解する。その理由は,以下のとおりである。
(2)医師法は,医療関係者の中心である医師の身分・資格や業務等に関する規制を行う法律であるところ,同法1条は,医師の職分として,「医師は,医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保するものとする」と規定している。すなわち,医師法は,「医療及び保健指導」という職分を医師に担わせ,医師が業務としてそのような職分を十分に果たすことにより,公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保することを目的としているのである。この目的を達成するため,医師法は,臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して,医師として具有すべき知識及び技能について医師国家試験を行い,免許制度等を設けて,医師に高度の医学的知識及び技能を要求するとともに,医師以外の無資格者による医業を禁止している。医師の免許制度等及び医業独占は,いずれも,上記の目的に副うよう,国民に提供される医療及び保健指導の質を高度のものに維持することを目指しているというべきである。
以上のような医師法の構造に照らすと,医師法17条が医師以外の者の医業を禁止し,医業独占を規定している根拠は,もとより無資格者が医業を行うことは国民の生命・健康にとって危険であるからであるが,その大きな前提として,同条は,医業独占による公共的な医師の業務の保護を通じて,国民の生命・健康を保護するものである,言い換えれば,医師が行い得る医療及び保健指導に属する行為を無資格者が行うことによって生ずる国民の生命・健康への危険に着目し,その発生を防止しようとするものである,と理解するのが,医師法の素直な解釈であると思われる。そうすると,医師法17条は,生命・健康に対して一定程度以上の危険性のある行為について,高度な専門的知識・技能を有する者に委ねることを担保し,医療及び保健指導に伴う生命・健康に対する危険を防止することを目的としているとする所論の指摘は,正当である。したがって,医師は医療及び保健指導を掌るものである以上,保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であっても,医療及び保健指導と関連性を有しない行為は,そもそも医師法による規制,処罰の対象の外に位置づけられるというべきである。

高等裁判所は,原審と異なり,医業の意義について,医療及び保健指導との関連性を必要としたのです。
この裁判は,検察側から上告がなされており,最高裁判所がどのような判断を下すのか,医療関係法務に携わる弁護士にとって注目される裁判の一つと言えるでしょう。
本日のブログは以上です。

医師法17条②

前回のブログの続きです。医師法17条についての高等裁判所の判断を紹介しています。

「医行為」に関する最高裁の判例(最高裁昭和30年5月24日第3小法廷判決(刑集9巻7号1093頁),同昭和48年9月27日第1小法廷決定(刑集27巻8号1403頁),同平成9年9月30日第1小法廷決定(刑集51巻8号671頁))について,弁護人が,これらの判例によれば,「医行為」の要件として「疾病の治療,予防を目的」とすることが求められていると主張するのに対し,原判決は,上記各判例の事案は,いずれも被告人が疾病の治療ないし予防の目的で行った行為の医行為性が問題となったもので,医行為の要件として上記目的が必要か否かは争点となっておらず,上記各判例はこの点についての判断を示したものではないから,本件において,「医行為」の要件として「疾病の治療,予防の目的」が不要であると解しても,最高裁の判例に反しない旨説示している。
ウ 次いで,原判決は,本件行為の医行為該当性について,被告人が行った施術方法は,タトゥーマシンと呼ばれる施術用具を用い,先端に色素を付けた針を連続的に多数回皮膚内の真皮部分まで突き刺すことで,色素を真皮内に注入し定着させるといういわゆる入れ墨を施すことであり,このような入れ墨は,必然的に皮膚表面の角層のバリア機能を損ない,真皮内の血管網を損傷して出血させるものであるため,細菌やウイルス等が侵入しやすくなり,また,被施術者が様々な皮膚障害等を引き起こす危険性を有しているとして,本件行為が保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為であることは明らかであると判断した上,入れ墨の施術に当たり,その危険性を十分に理解し,適切な判断や対応を行うためには,医学的知識及び技能が必要不可欠である,よって,本件行為は,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であるから,「医行為」に当たるというべきであるとの判断を示している。
そして,〔1〕入れ墨の施術によって障害が生じた場合に医師が治療を行えば足り,入れ墨の施術そのものを医師が行う必要はない,〔2〕被告人が使用していた色素の安全性に問題はなく,入れ墨の施術の際には施術用具や施術場所の衛生管理に努めていたから,本件行為によって保健衛生上の危害が生ずる危険性はなかった,という弁護人の主張に対し,原判決は,入れ墨の施術に伴う危険性や,施術者に求められる医学的知識及び技能の内容に照らせば,上記〔1〕の主張は採用できないし,医師法17条が防止しようとする保健衛生上の危害は抽象的危険で足りることから,弁護人が上記〔2〕で主張する事情は前記判断を左右しないとして,弁護人の主張を排斥している。

このように原審は,医業の意義について,弁護士が主張する医療関連性を不要とし,医師が行うのでなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為で足りると判断しています。
高等裁判所では,この原審の判断が争われ,覆されたのです。
高等裁判所の詳しい判示内容は次回紹介します。

医師法17条①

平成30年11月14日に,医師法17条の医業の解釈についての高等裁判所の判断がでました。
今回はこの判決について3回にわけてご紹介します。
この裁判は,被告人が,医師でないのに,業としてタトゥーショップにおいて針を取り付けた施術用具を用いて皮膚に色素を注入する医行為を行い,もって医業をなしたものとして,医師法17条違反の罪に問われたものです。
原審では,被告人の行為が医師法17条の医業に該当するとして,被告人は有罪とされていました。

原審の判断に対しては不当であると考える弁護士も複数いました。
そして,高等裁判所は,原審のこの判断を覆し,被告人を無罪としたのです。
以下,高等裁判所の判断を抜粋します。
まず,高等裁判所は,原審の判断の概要として以下のとおり述べます。
原判決は,本件の争点を,〔1〕針を取り付けた施術用具を用いて人の皮膚に色素を注入する行為(以下「本件行為」という。)が医師法17条の「医業」の内容となる医行為に当たるか否か,〔2〕医師法17条が憲法に違反するか否か,〔3〕本件行為に実質的違法性があるか否か,であるとして,後記のとおり,〔1〕については,本件行為は医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為に該当する,〔2〕医師法17条は憲法31条に違反するものではなく,また,本件行為に医師法17条を適用することは憲法22条1項,21条1項,13条のいずれにも違反しない,〔3〕本件行為には実質的違法性が認められるとの判断を示し,本件公訴事実どおりに罪となるべき事実を認定した上,本件行為に医師法31条1項1号,17条を適用して被告人を罰金15万円に処したものである。
(1)本件行為の医行為該当性に関する原判決の判断要旨
ア 原判決は,「医行為」の意義について,医師法17条は,医師の資格のない者が業として医行為を行うこと(医業)を禁止しているところ,これは,無資格者に医業を自由に行わせると保健衛生上の危害を生ずるおそれがあることから,これを禁止し,医学的な知識及び技能を習得して医師免許を得た者に医業を独占させることを通じて,国民の保健衛生上の危害を防止することを目的とした規定であるとし,同条の「医業」の内容である医行為とは,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解すべきである,と説示する。
イ そして,原判決は,医師法17条及び同法1条の趣旨や法体系から,「医行為」とは,〔1〕医療及び保健指導に属する行為の中で(医療関連性),〔2〕医師が行うのでなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為をいうと解すべきであるという弁護人の主張に対し,その主張によれば,医療及び保健指導に属する行為ではないが,医師が行うのでなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為(美容整形外科手術等)を医師以外の者が行うことが可能となり,このような解釈が医師法17条の趣旨に適うものとは考えられないし,弁護人の主張は,法体系についての独自の理解を前提とするものであるとして,弁護人の主張を排斥している。

続きは次回のブログでご紹介します。

景品表示法の優良誤認表示・有利誤認表示

景品表示法5条は,「著しく優良であると示す表示」(1号,優良誤認表示)や「著しく有利であると一般消費者に誤認される表示」(2号,有利誤認表示)をすることを禁止しています。
禁止される表示は,実際の商品・役務の内容・取引条件よりも著しく優良または著しく有利であると一般消費者に誤認される表示です。
これは,景品表示法の不当表示規制の趣旨が,表示事業者と一般消費者との間に商品・役務の内容・取引条件についての情報や知識に大きな格差がある蓋然性が高く,表示対象商品・役務を選択する際に事業者による表示を主な手がかりとすると考えられる一般消費者が適正な選択を行えるよう,適正な表示を確保するという点にあることに基づきます。
景品表示法が,一般消費者に誤認される表示を行うことを禁止しているため,事業者が一般消費者に向けて商品・役務について示す表示が,景品表示法上の不当表示規制の対象となります。
優良誤認表示,有利誤認表示,いずれもおおむね以下のパターンに分けられます。
優良誤認表示
実際の商品・役務の内容よりも著しく優良であると一般消費者に誤認される表示
競業事業者の商品・役務の内容よりも著しく優良であると一般消費者に誤認される表示
有利誤認表示
実際の商品・役務の取引条件よりも著しく有利であると一般消費者に誤認される表示
競業事業者の商品・役務の取引条件よりも著しく有利であると一般消費者に誤認される表示
たとえば,一般消費者が実際よりも「有利」であると認識し取引に誘引される表示の例としては,価格等を事実より得であるかのように示す表示の他,価格等そのものは事実であるものの当該価格等が特別な期間や特別の者だけに適用されるかのように示す表示も挙げられます。
ずっと同一価格で販売しているにも関わらず,今だけ○○円,などと表示をして販売することは,一般消費者が実際よりも「有利」であると認識し取引に誘引される表示の例と言えるでしょう。

実際に私が勤務している名古屋でも今だけ○○円としているお店を見かけることがあります。
今だけ期間限定で割引されるという表示は,いつかは対象商品・役務を利用してみたいと考えている一般消費者に一歩を踏み出させる契機となるものであり,表示と実際の相違は,一般消費者による商品・役務の選択に影響を与えるので,「著しく」有利であると誤認される表示であると判断されやすいでしょう。
近年,このような表示に対して消費者庁が措置命令を複数行っているということもあり,特に注意が必要と言えるでしょう。